アルコールに強い、弱いは遺伝子の配列によって違うってウソ?ホント?

アカシアの樹QAシリーズ~健康に関する「ウワサの真相」~

15回 アルコールと遺伝子に関するウワサの真相

体質的にまったくお酒が飲めない、もしくは少量しか飲めない人のことを「下戸(げこ)」と呼びます。この下戸という言葉は1300年前、飛鳥時代から使われるようになったそうです。このように昔からお酒に弱い人が存在するという認識はあったようです。最近ではこのお酒が飲めない人は先天的に遺伝子型によって違いがあるということが分かってきています。

アルコールに強い、弱いは遺伝子の配列によって違うってウソ?ホント?

(質問に対するアンサーについてはアカシアの樹公式ツイッターにてアンケート形式で投票できます。コチラから。)

→ホント(信頼性★★★★☆):アルコールに対する感受性についてはアセトアルデヒドを分解する酵素が関連します。この酵素の遺伝子の配列は特定されており、遺伝子型の違いにより作られる酵素のアミノ酸が異なります。この違いによりアセトアルデヒドの分解能力に違いが出ます。

1. 人の体質は先天的な要素と後天的な要素によって決まる

 

お酒にかぎらず、薬や食品に対する反応は人それぞれによって異なります。このような個人による反応の違い、いわゆる「体質」は遺伝による先天的なものと、ライフスタイルや環境要因のような後天的なものが影響しています。そしてお酒の強さ(アルコールに対する感受性)についてはアセトアルデヒドを分解する酵素が関連します。この酵素の遺伝子の配列についても特定されています。

 今回は遺伝子のことに触れながらお酒に強い人、弱いの人の体質について紐解いてみようと思います。

 2. 遺伝子のこと知っていますか?まずは遺伝子について簡単に解説

お酒と遺伝子の解説の前に、わかっているようで難しい遺伝子のことを簡単に説明します。

遺伝子、この言葉を聞いたことのない人はいないと思います。一方、ゲノム、遺伝子、DNA…何となく似たイメージの言葉もたくさんあります。この記事を機会に整理してみましょう。

2-1. 遺伝子とは生物の設計図

遺伝子は、生物が生きていくうえで必要な情報を保持し伝達するための因子です。そしてこの遺伝子という役割はDNA(デオキシリボ核酸)という分子が担っています。(厳密にはDNA以外の分子も遺伝子となることがあります。)遺伝子は生物の設計図とイメージしてください。そして、遺伝子全体のことをゲノムといいます。ヒトを含め多くの生物は両親から1セットずつのゲノムを受け継ぐので2つのゲノムセットをもっています。

2-2. 遺伝子、DNAの設計図をもとにタンパク質が作られる

遺伝子は生物の設計図とイメージしてくださいと書きました。この設計図はDNAという言葉で書かれており、使う文字はたった4つです。正しく説明すると、DNAは二本のらせん状の鎖構造の分子です。それぞれの鎖はたった4つの塩基(アデニン、シトシン、グアニン、チミン)の組み合わせから成り立っています。

しかし、遺伝子やDNAは設計図としての情報なのでこれだけでは機能しません。設計図をもとに生命活動に必要なアミノ酸を集め、タンパク質を作り出します。タンパク質は細胞の構築と機能に関わる物質です。私たちの体を作る筋肉や体内の酵素、ホルモン、抗体など、ほとんどの生物学的な機能の多くがタンパク質の働きに依存します。

 

 

図のように遺伝子は設計図、アミノ酸は素材、タンパク質がパーツとイメージすると理解しやすいかもしれません。

 3. アルコールの代謝とそのメカニズムに関わる遺伝子

3-1. アルコールは、アルデヒド脱水素酵素(ALDH)によって代謝される

今回はアルコールを分解する酵素(タンパク質)とその遺伝子(DNA配列)の話です。(遺伝子やDNAの話など前置きが長くなってしいました)。以前、少しの飲酒は健康に良い効果があるってウソ?ホント? の記事で体内でアルコールが分解(代謝)されるメカニズムについて解説しました。

 

 

簡単に説明するとアルコールの大半は、肝臓で2段階反応によって分解(代謝)されます。まず、アルコール脱水素酵素(ADH)の働きによってアセトアルデヒドに、そしてアルデヒド脱水素酵素(ALDH)の働きによって酢酸へと分解されます。 

3-2. ALDH2の働きがお酒の強さに大きく関与

アセトアルデヒドにもアルコールに酔う原因物質となるので、アルコールを代謝するにはアルデヒド脱水素酵素、ALDHの働きが大事になります。そして、アルデヒド脱水素酵素(ALDH)の中にも大きく2種類の酵素があり、ALDH2の方がアルコール代謝には大きく関与します。(2)

ALDH1は血中アセトアルデヒド濃度が高くなってから作用が始まり、ゆっくり分解する酵素。ALDH2は血中アセトアルデヒド濃度が低い時点から作用する強力な酵素。お酒が強い人と弱い人の差は、こちらのALDH2型の酵素活性の強さによるのです。

 4. お酒に強い人、弱いの人の遺伝子型とは?

4-1. たったひとつのALDH2の遺伝子配列が酵素活性を大きく変える

ALDH2は血中アセトアルデヒド濃度が低い時点から作用する強力な酵素です。

そしてALDH2は、遺伝子の塩基配列の違いによって酵素活性の強いものと活性弱いものがあると知られています。

4-2. 487番目のアミノ酸がグルタミン酸からリジンに変わると弱くなる

 

ALDH2の設計図に書かれているDNA配列の112241766番目の塩基が「G(グアニン)」の場合、ALDH2酵素の487※番目のアミノ酸は「グルタミン酸」となります。

この遺伝子から作られるALDH2は高活性型(アセトアルデヒドを分解する活性が高い)となります。一方、他の人は同じ設計図でも112241766番目の塩基が「A(アデニン)」となると、アミノ酸は「リジン」となり、このALDH2酵素は活性が低くなります。このように同じALDH2でも遺伝子配列が違うと異なるアミノ酸となり、ALDH2というタンパク質の機能に能力の差ができるのです(1)。

(※タンパク質として成熟した状態だと487 番目、前駆体でいう 、 504 番目)

4-3. お酒に弱くなるALDH2の遺伝子型

ヒトの場合2つのゲノムセットをもちます。これは遺伝子のセットを両親からそれぞれ1つずつ受け継ぐためです。そのためALDH22つもち、全部で3パターンの組み合わせが考えられます。

両方、酵素活性が高い遺伝子

NN型(両方、ALDH2の活性型(N型))

⇒お酒に強い

活性の高い遺伝子と低い遺伝子がひとつずつ

ND型(活性型ALDH2(N型)と低活性型ALDH2D型))

⇒ある程度は飲める

両方、酵素活性の低い遺伝子

DD型(両方、ALDH2の低活性型(D型))

⇒ほとんど/全く飲めない

 

同じ量の酒を飲んだ場合の血中アセトアルデヒド濃度は、ND型はNN型の人の45倍、DD型はNN型の人の2030倍になると言われています。

 遺伝子の中の一つの塩基が変わるだけで作られるタンパク(酵素)が変わり、結果として体質の一要素が異なるものになるというケースです。このように遺伝子配列の中で特定の一塩基が異なるものをSNP(一塩基多型)と呼びます。

4-4. 人種によってもALDH2の型は異なる

ヒトはもともと活性型ALDH2NN型でしたが、数千年前シベリア地方あるいは東アジアで遺伝子に突然変異が生じ、これが東アジアに広がっていったと言われています。 したがってヨーロッパ・アフリカ等の人種は殆どNN型で、モンゴロイド(蒙古系人種)に属する中国、朝鮮半島、日本、東南アジア地方の人種は一定の割合でND/DD型がいるとのことです。 日本人では、NN型の人は5割、ND型の人は4割、DD型の人は1割と言われています(3)。欧米人の方がお酒に強いのはALDH2の遺伝子型が大きくかかわってそうですね

5. ALDHの型を調べることでお酒に弱いか強いかの遺伝子診断できる

前途のようにアルコール分解に関するALDHはその遺伝子配列から活性の高い低いがわかります。ヒトのゲノム配列は2003年に全配列の解読が終わっています(4)。これにより、設計図は分かっているのでALDHの配列がゲノム上のどこにどういう配列で記載されているかの情報はあります。

つまり、個々人のALDHの遺伝子配列がわかればその人のアルコールに対する耐性が予測できるのです。

イービーエス株式会社さまのように実際はALDH2に加えADH1の遺伝子配列を調べのタイプに分類するサービスがあるようです。(EBS アルコール感受性遺伝子検査キット

このような遺伝子配列から個々人の体質を予測することを遺伝子診断と呼びます。すでに、アルコールに対する感受性以外にも遺伝子診断で予測できる体質も多くあります。

6. 遺伝子型で決まらない要素も多くある

お酒に強い、弱いはALDHの遺伝子の多型で予測できますが、実際には遺伝子型だけで決まっているわけではありません。まず、でも書きましたがアセトアルデヒドの酔うという現象にどのように関わっているかわからないことが多いという事実もあります。また、年齢によっても機能に差が出ます。体の大きさなどもお酒の強弱に影響します。

冒頭に体質は遺伝による先天的なものと、ライフスタイルや環境要因のような後天的なものが影響すると書きました。アルコールに対する耐性もそうですが、遺伝子診断の結果がすべてではありません。あくまで傾向を予測するものとして活用していきたいですね。

7. まとめ

アルコールに対する耐性はALDH2という酵素の働きが大きく関係します。ALDH2をつくる遺伝子には多型があり、アセトアルデヒドの分解能力が高いとされるN型分解能力が低下したD型があります。

両親から遺伝子を1つずつ受け継ぐので、NN型、ND型、DD型の3パターンに分けられ、同じ量の酒を飲んだ場合の血中アセトアルデヒド濃度は、ND型はNN型の人の45倍、DD型はNN型の人の2030倍になるといわれています。

 1. 松本明子. (2016). アルデヒド脱水素酵素 2 (ALDH2) の構造・機能の基礎と ALDH2 遺伝子多型の重要性. 日本衛生学雑誌, 71(1), 55-68.

2. Wang, M. F., Han, C. L., & Yin, S. J. (2009). Substrate specificity of human and yeast aldehyde dehydrogenases. Chemico-biological interactions178(1-3), 36–39.

3. 原田勝二. (1997). アルコール代謝の遺伝的個人差. 生物物理化学, 41(3), 111-116.

4. International Human Genome Sequencing Consortium. (2004). Finishing the euchromatic sequence of the human genome. Nature, 431(7011), 931-945.